
猛暑の名残がまだ街を覆っているが、流石に9月も半ばを過ぎる頃になると、朝の空気にはわずかに秋の気配が溶け込みはじめる。澄んだ気配をまとった、ある日の午前8時半。胸の片隅に引っかかったまま眠っていた疑問に、ふと手を伸ばしてみたくなったのは――秋の気まぐれのせいだろうか。
2025年3月、野良青年団のライブで披露した「Big Chief」は、久方ぶりの新しいレパートリーだったと思う……近ごろは家庭や仕事に追われる日々であり、それはメンバー全員に共通しているわけで、かつての20代の頃のように毎月のように新曲を取り入れるというわけにはいかない。だからこそ「Big Chief」は、野良青年団にとって、久々に加わった新たな一曲であり、そこには何らかの感慨のようなものも宿る。
この曲はどのような由来を持つのか。シドニー・ベシェの別テイクは存在するのか……そう思い立ち、YouTube Musicを開いて検索してみたが、リーダーから送られてきたのと同じ音源だけ。手元のディスコグラフィーをひも解いても「Big Chief」の記載はなかった。おそらくライブ録音か、あるいはごく限られた愛好家だけが知る音源なのだろう。結局、芽生えかけた好奇心に蓋をして、半年間放置することとなった。
そもそもの話。多くのバンジョー弾きにとって「Big Chief」と言えば、ベシェの楽曲ではなく、Ludwig社製の名器を思い浮かべるに違いない。華麗な装飾をまとい、コレクター垂涎の存在とされるそのバンジョーは、津村昭氏の「ツムラコレクション」にも収められていたのである。2000年代、とんでもない値段でeBayに出品されていたのを目にした記憶もあるが、それが果たしてコレクションの一品だったのかどうか――その答えは永遠に謎のままだと思っている。ツムラコレクション散逸の経緯はここでは語らない。
――話を戻そう。
先日のライブ前、食事をしていたとき、ふとした拍子に「Big Chief」の話題が出た。これが、半年ぶりに、例の好奇心の蓋を開けるきっかけとなった。
ベシェのことであれば、北中たけおに聞け――。われらがバンドリーダーのシドニー・ベシェへの愛着と知識は群を抜いているし、彼であれば答えを知っているはずだ。手元のディスコグラフィーに記載がなかったことを思い出しながら、「北中さん、あの曲ってライブ録音か何かなんですかね?」と尋ねてみる。
返ってきたのは、「知らないなんてモグリだな。あれはちゃんとした録音だ」という趣旨の答えだった。さらに「あの1回きりのテイクなんですか?相当マニアックな選曲だと思って……」と重ねると、われらがバンドリーダーは首を振り、複数テイク存在すると言う。少なくとも、彼自身は二つのバージョンを耳にしたことがあるのだという。
結局、この日の会話はそこまでで終わった。
それにしても「Jazz and Ragtime Records 1897–1942」という、ジャズ研究の世界では必携とも言うべきディスコグラフィーがあるのだが、この本にも記載されていなかった「Big Chief」の謎は深まる。その疑問は、ライブから四日ほど経ったある日の午前8時半、あっさりと氷解することとなる。

ラグタイムやジャズのディスコグラフィーとは別に、手元にはミュージシャン別の資料もいくつかあった。Duke EllingtonやDjango Reinhardtのものに混じって、Sidney Bechetの全録音を収めた資料も所蔵していたことを、ふと思い出したのである。
結論から言えば、Sidney Bechetは1953年にパリで三度、1954年にブリュッセルで一度、さらに1955年にはパリとオーストリアで一度ずつ――なんと計六回も「Big Chief」を録音していた。なるほど、1950年代の曲であれば、「Jazz and Ragtime Records 1897–1942」に載っていないのも道理であった。



せっかくなので、この六つのテイクを聴き比べてみたいと、インターネット上の音源を探してみた……YouTube Musicは頼りにならない。Internet Archivesなども駆使して探し回ったのだが、見つけることができたのは2つのテイクまでだった。われらがバンドリーダーの「2テイクは耳にしたことがある」という話とも符合するので、おそらくはこれが限界なのだろう。
こうして、半年間、胸の奥に眠っていた小さな謎は、秋の涼やかな朝にひっそりと解けたのだった。
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